特集
自治体防災担当者による “現場からの提言”(第4回)
第4回目は、2013年に緊急情報伝達のために市内7カ所に屋外拡声器(ホーンアレイスピーカーシステム)を整備、現在も追加整備の設計を手がけておられる兵庫県伊丹市 危機管理室 市長付参事の柳田尊正氏にお話をうかがいました。
スペシャルインタビュー
- 的確な情報伝達が被害を最小限に抑える近道。迅速に、正確に、必要なときに情報伝達を行う。
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兵庫県伊丹市 危機管理室
市長付参事 柳田 尊正(やなぎだたかまさ)氏
- -柳田さんの伊丹市に入所してからの経歴を教えてください。
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昭和57年に伊丹市役所に就職しました。学生時代に強電の勉強をしており、公共施設の設計を行う営繕課に配属、続いて旧伊丹市立文化会館(現在のいたみホール)に配置転換になりました。そこではおもにイベント業務を担当、音響・照明設備の図面も書きましたし、実際にアナログ卓などのオペレーションも経験しました。その後、道路課、営繕課、文化振興課にて仕事し、いたみホール立ち上げのプロジェクトが発足するということで、設計ができて音響・照明のオペレーションも経験したという経歴から2年間プロジェクトに加わることになりました。
いたみホールができてからは、環境保全・生活環境分野の部署を担当し、騒音問題などで少なからず「音」と関わる仕事をしました。2012年に危機管理室に異動になり、現在に至っています。危機管理担当としてはまだ2年目なので、過去に登場された3名の方に比べると、危機管理担当としての経歴はまだまだこれからです。
改めて振り返ってみると一般音響といわれる室内音響を中心に、「音」に関わる仕事に就いてきたことに驚いています。趣味でバンドをやっていたので、PAについては感覚的にはわかっていました。また、江東区の市村さんもそうですが、アマチュア無線を以前かじっていたことがあるので、「音」に関する仕事を全うするためにこれまで経験を積んできたようですね。縁みたいなものを感じます。 - -柳田さんが設備導入を検討される際に重視されていることは?
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設備導入にあたっては、結果のみを重視するのではなくて、結果が導き出された状況がどうだったのかを把握するようにしています。昨年2013年に伊丹市も屋外拡声器を市内7カ所に導入し、緊急情報の伝達を始めました。導入検討の前に広島県内でホーンアレイスピーカーが設置されている自治体へ、現地視察を行いました。その際には、単に離れた距離で音が聞こえた、聞こえないといった事実関係だけではなくて、天候、気温、風向きや風速、周辺環境、高低差、暗騒音などの状況をしっかりと把握して、正確な性能を見極めようとしました。そのために、騒音計を職員に持たせて、周辺の状況などもデータとしてインプットした上で試聴を行いました。
ホーンアレイスピーカーを導入したことで、伊丹市へ視察に来られる方が増えました。インプットや試聴環境も違うので、聞こえる・聞こえないということは個々で判断してもらったらいいのですが、屋外拡声はそんなに単純なものではないことは理解していただくようにしています。テクニカルな部分、例えば「音の入力と出力の間の機器設計をどのように考えれば良いのか」といった部分です。また、気候や温度、雪、風、物理的に塩害や鳥害があったりしますし、人間が聞くわけですから、屋外拡声に比較的親近感のある土地柄なのか、その自治体の文化と風土にも影響してきます。このような情報をトータルに判断して、最適な情報伝達の手段を構築する必要があります。
伊丹市は東西南北それぞれ5kmの25km2しかありません。そこに25万人が生活しているのですが、仮に1台の長距離スピーカーで放送がカバーできるという機器があっても不安になります。放送が遠くに飛べば飛ぶほど都合はいいのですが、実際到達距離が長いほど音は拡散し、放送が到達するまでの時間もかかってしまいます。ラインアレイの比率も昔から音響分野に携わっていたので若干は頭に入っており、伊丹市では早く確実に情報伝達するという意味で1km置きにエリアを分け方向や設置高を考慮した設置で拡声した方が良いのではないかと考え、TOAさんのホーンアレイスピーカーに行きつきました。 - -柳田さんが参考にしている防災の専門家や自治体の取り組みは?
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関東、東海方面の自治体の取り組みを参考にしています。危機感も非常に強いものを持っておられます。伊丹市に人材交流で赴任して来られる方がおられますが、「関西地区は防災に対する取り組みや意識は甘い」とよくいわれます。
早期の情報収集が重要だと考えます。国の動向、防災関連の新製品情報等を入手して、先を読んで対応する必要があります。国の情報に関しては、リアルタイムに入ってきますし、国に派遣されている消防の職員もいます。また、現在ではインターネットで大抵の情報を入手することができるので、基本的な情報を調べてさらにもう1歩踏み込んで質問したいときには、個別で本音の話を聞くように心がけています。 - -現在抱えておられる、防災担当者としての悩み、課題を教えてください。
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防災対策を進めていく中で最近特に感じることは、対策要望のレベルがどんどん上がっていることです。伊丹市は津波の影響は無いとされていますが、津波予測影響範囲の拡大、ゲリラ豪雨等の頻度や威力が年々増す中で、どこまでリスク管理していくか、維持費もかかりますしコストとのバランスや地域特性もありますので、非常に悩ましい問題です。
また、以前に比べて職員数が減っています。このような環境の中で大規模災害が発生した場合に、阪神・淡路大震災のときのような対応ができるのか、有事のことを考えると心配が残るところです。
防災対策にはゴールがありません。職員が通常業務から有事の際にどのように対応するのか、現在は消防署と一緒にシミュレーションを実施していますし、自衛隊や警察、近隣自治体などと協力して大規模なシミュレーションも実施しています。例えば災害図上訓練で問題点を洗い出していますが、問題点が多く、有効に活用できていません。机上のシミュレーションでさえ難しいので、実際に災害が起きた際はさらに難しいというのが正直な思いです。
また、市民への防災意識の啓発も悩みのひとつです。災害発生時にはすべて自治体が助けてくれるという意識の方が年輩の方を中心に多いのが事実です。しかし、実際に大規模災害が起こった際にはそういうわけにはいきません。伊丹市には自衛隊がいるからといっても、より甚大な被害が発生した地域の応援部隊として派遣されます。まずは自分の身は自分で守ってもらう(自助)ことをお願いするしかないわけです。昔みたいなご近所づきあいが少なくなっているので、日ごろから助け合いの人間関係を作ってもらう(共助)ようにお願いするしかありません。自分たちの力で助かるような努力、「自助」、「共助」の意識の育成も大きな課題です。 - -全国の防災担当者の方へのメッセージをお願いします。
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実際に災害が発生してしまうことは仕方がないことですが、被害を最小限度に抑えようと思うと、的確な情報伝達を最優先に考えるべきだと思います。いかに早く、正確に、必要なときに市民に対して情報伝達を行うか。しかしながら、私自身も先日の台風18号のときに避難勧告や避難指示などを出すべきか、悩みました。災害発生の際の避難勧告や避難指示の発令基準は決まっていますが、台風18号のときはその判断が深夜に求められました。降水量の予想と川の上流、下流での水位、避難時の安全性なども総合的に検討して、結果的には避難勧告は出しませんでした。
自治体には河川の水位の情報であったり、降雨量の情報であったりさまざまな情報が入ってきますが、これらの情報は住民の方には何も伝えられていません。これは私の反省なのですが、深夜にいきなり「河川が決壊しそうなので、避難してください」といった避難指示や勧告を緊急情報として情報伝達するのではなくて、まずは「現在河川の水位が上がってきているので、河川には近づかないでください」といった現状説明や今後の見通しなどの情報伝達をしておくべきではなかったかと考えるわけです。最終的には結果論で言われるので、避難勧告を出しても死者が出てしまえば責任を問われます。また、避難勧告を出して何も起きなければ市民の方からの苦情が寄せられます。本当に思い切った判断が必要になってくると思いますし、何よりも勇気が必要です。現場を預かる防災担当者の方は難しい判断を強いられて悩まれていると思います。
このように、自治体の規模や環境は違えども同じような悩みを持つ同士なので、何か防災担当者のネットワークを構築することができたらと考えています。近隣市とはネットワークを常に持っていますが、近畿圏内や近畿圏を越えたネットワークで、悩みや課題を共有し、よりよい解決、被害を最小限にとどめる取り組みの情報や意見交換できるようになればいいですね。(参考資料)
伊丹市地域防災計画・伊丹市水防計画
http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/SOMU/KIKIKANRI/1387875012152.html
伊丹市の概要と想定される自然災害
伊丹市の概要
伊丹市は神戸市から約20 ㎞、大阪市から約10 ㎞の兵庫県・大阪府の府県境に位置する人口約20万人の都市です。大阪、神戸の衛星都市、ベッドタウンのひとつになっています。三方を山地と丘陵で囲まれ、南に大阪湾を臨む半盆地的な地形で、市内西部には武庫川が、東部には猪名川がそれぞれ大阪湾に注いでいます。
2014年の大河ドラマ「軍師 官兵衛」の主人公である黒田官兵衛の幽閉の舞台となった、日本最古と言われる惣構の城「有岡城」跡は有名です。また、「清酒発祥の地」ともいわれ、江戸時代より酒造業が盛んで、現在灘や北海道の産地に受け継がれている銘柄も少なくありません。
大阪国際空港(伊丹空港)があるまちとしても知られ、おもに国内便が就航しています。関西地域の空の玄関として、北海道から沖縄まで日本全国に2時間以内で行くことができる基幹空港として親しまれています。
記憶に新しい阪神・淡路大震災での被害
地震災害の他にも水害、最近では支川の氾濫が増加傾向
伊丹市の地震災害として記録に残っているのは、1995 年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、死者23名、負傷者2,716名、家屋の全壊は1,395棟に上りました。それ以外でも伊丹市としての被害の記録はありませんが、京阪神で起きた地震で京都や大阪などで被害が出ている地震については、伊丹市周辺で被害が生じていることが推察できます。
また水害では、猪名川の氾濫事例が多数記録されていますが、最近では猪名川本川の氾濫は減少してきており、代わって支川の氾濫による水害、豪雨時の路面冠水・床下浸水などの軽微な水害が発生する傾向があるといわれています。