自治体防災担当者による “現場からの提言”(第10回)

特集

自治体防災担当者による “現場からの提言”(第10回)

第10回目は、瀬戸内市の防災担当として防災情報伝達システムの整備を担当された岡山県瀬戸内市 総務部 危機管理課 主幹 新田浩二氏にお話をうかがいました。

スペシャルインタビュー

市民一人ひとりが自分事として考え、
命を守る行動につなげられる情報伝達、
継続性を意識した啓発活動に取り組んでいます。

瀬戸内市 総務部 危機管理課

主幹 新田 浩二(にった こうじ)氏

-新田さんの経歴と、現在の業務内容を教えてください。

出身は岡山県ですが瀬戸内市ではなく、県北の山間の西粟倉村というところです。平成17年に瀬戸内市役所に入庁して以来、 総務課 防災・交通係、平成18年には新設された地域安全推進室で3年間現在と同じように防災全般を担当しました。その後、平成21年から24年まで税務課、平成25年から27年まで上水道業務課、平成28年から29年までは福祉課 障害福祉係、平成30年からトータルサポートセンターに勤務し、令和元年からは総務部 危機管理課の防災担当として現在に至っています。

危機管理課の業務は防災だけではなく、交通安全や防犯など市民の安全・安心に関わる業務を行なっています。私は危機管理課の中で防災業務全般を担当しています。地域防災の推進や自主防災組織の結成促進・活性化、各種防災訓練の実施(総合防災訓練、災害対策本部図上訓練など)、職員の防災意識、対応力向上、要配慮者への支援(個別避難計画など)、地域住民への防災啓発、防災教育、また、防災情報伝達システムの管理運用などがおもな業務になります。

-今回の防災情報伝達システムの導入にあたって気を付けたことは?

防災情報伝達システムの整備にあたっては、私が異動してきた平成31年(令和元年)にはそれまでにあった60MHz防災行政無線の老朽化や新スプリアスへの未対応が課題として上がっていましたが、方向性は決まっていませんでした。防災行政無線の使用期限も令和4年11月に差し迫っており、時間的な余裕は全くない状態でした。
当時も防災行政無線や携帯電話網、MCA陸上移動通信システムなど様々な手段があり、いろいろな自治体の取り組みを調べてみましたが、それが瀬戸内市にとって最適かどうかはわかりませんでした。また、それまでの防災行政無線では放送する度に「聞こえない」といった市民の意見もあったので、それをどのように解決していくか、瀬戸内市として災害情報をどのように市民に伝えていくことが効果的なのか、どんな機能が必要なのかを整理するところから始めました。

担当としては、災害情報伝達の各手段がどのようなものか、それぞれのメリットとデメリットを整理していきました。事業者への聞き取りの他、消防庁の「災害情報伝達手段の整備等に関する手引き」を参考に検討を行いました。
その後、市幹部職員や有識者、岡山県職員で構成する「瀬戸内市災害情報伝達システム基本構想策定委員会」を立ち上げ、過去の災害からの教訓から、地域住民のいのちを守るためには災害時の情報をどのように扱い、どうやって伝えるかを委員会で検討し、基本構想を策定しました。
その結果、「どこにいても情報が取得できる」「時間経過に合わせていつでも情報伝達ができる」「受け手に合わせた情報が伝達できる」というシステムの基本方針を定め、「誰一人取り残さない」情報伝達を目指していくこととしました。
そして、これに基づき基本計画を策定し、システム構成やスケジュールを整理していきました。

まずは、どこにいても情報が取得できるよう防災アプリを導入することにしました。多くの市民が携帯電話を持っているので、より多くの市民に情報を伝えようと考えた時に、携帯電話を使うことが有効な手段と判断しました。現在、約3万6,000人の市民のうち、5,000人強にアプリをダウンロードしていただいています。

次に、屋外放送の音声到達範囲の拡大も検討しました。
これまでは屋外放送を情報伝達手段のメインとした仕組みとしており、戸別受信機はこれを補完するものとして、地域の役員等に配布していました。新システムでは、屋外放送を個人への情報伝達を補完するものとして位置づけ、携帯電話を所持していない屋外にいる子どもなどに伝える手段として、より鮮明に音声到達範囲を拡大できる高性能なスピーカーの導入を検討しました。
設置に当たっては、それまであった防災行政無線の50局の子局をプロットして、そこからより効果的な配置やスピーカーの種類を検討し、整理を行いました。そして子局の流用、集約、公共施設を中心とした新設を判断しました。また、「防災行政無線放送が聞こえない」という市民の声も反映し、最終的には50局から67局に増設しました。
屋外への情報伝達に関しては、以前に比べるとかなり整備が進んで、カバーできるエリアは拡大したと考えています。ただ、やればやるほど屋外放送だけで全てをカバーするのは難しいということが同時にわかるようになってきました。

また、市内の小・中学校などは近くに屋外放送がある場所ばかりではありません。子どもたちは携帯電話を持っていなかったり、保育園・幼稚園の先生も携帯電話を業務中に常に携帯しているとは限りません。そのため、屋内への情報の未伝達をなくすためにIP告知端末と館内放送の連動を活用することにしました。
このことにより、授業中であっても先生や子ども達にも緊急情報を伝えることができるようになりました。

-情報の伝え方について、新田さんが重要だと考えていることは?

新しい防災情報伝達システムになり、防災アプリや高性能スピーカーを導入したことで、今までより確実に情報を多くの人に伝達できるようになったと思います。
ただ、情報が耳や目から入るというだけでは、情報の意味を持ちません。次の避難などの行動につながり、命が守れるようになって初めてその情報が役立ったことになります。そういった意味では、いかに高性能なスピーカーやツールができても、一番大事なのはその情報を受け取った人がどうするかということになります。
これは、市職員として責任を感じるところでもあり、平常時に私たちがみなさんに伝え、啓発していかないといけないと考えています。

-防災担当としての現在お持ちの悩み、課題は?

市民の防災意識の向上です。なかなか即効性のある効果的な取り組みがないので、コツコツやり続けることが重要と考え、日々の業務に当たっています。これは難しくもありますが、非常にやりがいを感じるところでもあります。
防災は、人命にかかわるものですが公助にも限界があります。市民の皆さんに共助にも取り組んでもらっていますが、楽しみながら少しずつでも継続してもらえる取り組みにしていくことが大切です。1人の100歩より、100人の1歩にしていけたら、またその1歩が2歩になる人もできれば効果は相乗的に上がってきます。人を巻き込みながら緩やかにつながっていくような、そんな取り組みが必要だと思って取り組んでいます。

-防災教育にも力を入れておられると聞きましたが、その目的は?

防災に関する取り組みを継続させるためにも、防災の担い手を育成する防災教育にも取り組んでいます。具体的には小学校高学年を対象に防災教育の授業を行なっていて、その中で「皆さんも地域の一員なので、まずは自分や家族が、さらに地域で何ができるか考えてみよう」という呼びかけを何年か続けて実施しています。防災教育の授業を受けたお子さんが成人して、将来的に地域の担い手になってくれればという思いで、この活動がいつか花開くと期待感を持って継続しています。
学校も通常の授業があるので全ての学校で実施できているわけではないのですが、毎年実施してくれる学校があったり、それを聞いて「うちもやってみようかな」と思って取り組んでくれる学校が出てきたり、授業の回数は増えてきています。

-防災担当者として、今後取り組みたいことは?

今後の課題としては、避難行動要支援者の個別避難計画や避難確保計画、自主防災組織の育成、受援体制の整備等があります。大きな自治体であればそれぞれの制度で担当を置けるかもしれませんが、私たちは少ない職員で様々な業務を兼務しているので、なかなか難しい面もあります。
しかし、だからこそ、それぞれが独立した取り組みにならないように、関係性を持ってやるということが重要だと考えます。それぞれの制度を取り組んでいく中でつながりを持たせて、より効果を発揮できるようにということを意識しながら進めています。

南海トラフ地震が今後30年以内に70~80%の確率で発生すると想定されている中で、実際に地震が起こると多くの人が長期の避難生活を余儀なくされます。瀬戸内市は、小さな自治会がたくさんあり、大規模災害になれば小さな自治会だけでは避難や避難生活に十分な対応ができないことが課題となっています。災害時の地域の避難の拠点となるような小・中学校を中心にした学区での避難所運営を推進することで、課題の解決に向けて取り組んでいます。
今年度は、消防庁や内閣府のモデル事業を活用し、効果的に取り組むように工夫しており、小学校区で住民自治による避難所運営を行いました。また、内閣府の避難生活支援リーダー/サポーター研修も実施することができました。
避難所運営のための避難生活リーダー/サポーターを育成し、その受け皿となる小学校区等の地域組織を整えることで、育成されたリーダー/サポーターがそのまま活躍できるように、相乗効果が生まれるような取り組みとなっています。来年度以降、地域に広げていけるように頑張っていきたいと考えています。

-全国の防災担当者の方にエールをお願いします。

課題も多く、頭を悩ませることや苦しいこともたくさんあると思います。情報伝達手段の整備については、各市町村で既存の防災システムや過去の経緯があり、大幅な方向修正というのは難しいところもあるのかなと思います。瀬戸内市は私が危機管理課に異動してきた時が、災害情報を伝達する手段や仕組みを決定するタイミングで、仕組みから検討することができたのですが、そうではない市町村もあると思います。そんな中で悩みながらやっていく苦しみというのは、やっぱり担当にしかわからないと思います。
小規模の自治体では、防災情報の伝達システムに長けた人はなかなかいないと思います。今回の瀬戸内市の取り組みが皆さんの一助になればという気持ちです。
今年初めに発生した能登半島地震を見ると災害対応の困難さを痛感しています。今後も一人の犠牲者も出さないという目標に向け、防災・減災活動に取り組んでいきます。同じ課題を抱える防災担当のみなさん、一緒に頑張りましょう。

  • 瀬戸内市役所の屋上に設置された防災情報伝達システムの高性能スピーカー
    瀬戸内市役所の屋上に設置された防災情報伝達システムの高性能スピーカー。
  • 市役所の屋外拡声子局用ラック
    市役所の屋外拡声子局用ラック。
  • IP告知送信機 NX-220CTもラックに収められている
    IP告知送信機 NX-220CTもラックに収められている。
  • 公民館敷地内に設置された防災情報伝達システムの屋外子局
    公民館敷地内に設置された防災情報伝達システムの屋外子局(中型ホーンアレイスピーカー4連タイプ4基)。
  • 幼稚園敷地内に設置された防災情報伝達システムの屋外子局
    幼稚園敷地内に設置された防災情報伝達システムの屋外子局(防災スリムスピーカー4基)。

瀬戸内市の概要と想定される自然災害

岡山県瀬戸内市の概要

岡山県の南東部に位置する瀬戸内市は、平成16年11月1日に牛窓町、邑久町、長船町の3町が合併して誕生した。総面積125.46平方キロメートルで、世帯数は16,171、人口は約36,500名(令和5年12月1日現在)。西は岡山市、北は岡山市、備前市と接しており、市の西端を南北に一級河川吉井川が流れ、中央部には千町川との間に千町平野が広がり、南東部は瀬戸内海に面した丘陵地と、長島、前島などの島々からなっている。
JR赤穂線が市内を走り、市の中心を東西に岡山ブルーラインが横断し、市北側には国道2号線が通る交通条件を背景に、都市近郊型の良好な住宅環境や企業の立地などにより発展している。さらに、瀬戸内海国立公園を形成する海や海岸線をはじめ、緑豊かな丘陵などの自然に恵まれた美しい景観や西日本最大級のヨットハーバーなどがあり、多くの観光客が訪れている。
日照量の多い好条件により米や麦、ミカン、ブドウ、白菜、キャベツ栽培などの農業が盛んで、瀬戸内海で水揚げされる魚介類も新鮮。また、古くから開けたまちとして、寺社仏閣や仏像などの重要文化財、須恵器の古窯跡群、朝鮮通信使関連遺跡や城跡などの史跡、竹久夢二の生家、備前おさふね刀剣の里など、多彩な歴史・文化資源を保有している。

大型台風や集中豪雨による河川の氾濫、土砂災害が発生。
南海トラフ地震への被害も想定される。

瀬戸内市では、台風の大型化や集中豪雨の多発化等による河川の氾濫、土砂災害、市街地での内水氾濫などに加え、今後30年以内に70~80%の確率で発生すると想定されている南海トラフ地震では震度6弱の揺れと津波も想定されている。

昭和51年9月に台風17号の影響による集中豪雨で、6日間連続で800mm近い雨が降り、干田川、香登川、油杉川、千町川などのほとんどの河川が氾濫。床上浸水775戸、床下浸水3,026戸にも上り、河川の損壊は167カ所に及んだ。がけ崩れによる家屋や走路の損壊、水路・ため池の決壊などが多発し、激甚災害地域に指定された。

また、平成2年9月には秋雨前線の停滞と台風19号による豪雨で期間中の雨量が525mmとなり、道路の損壊や山のがけ崩れが市内各地で発生した。

平成16年は8月から10月上旬の間に台風10号、11号、16号、18号、21号、23号が立て続けに上陸し被害をもたらした。中でも台風16号は満潮時と重なったことで潮位が上昇し、沿岸部の家屋の1階部分が浸水してしまうといった甚大な被害に遭った地域もあった。

関連ソリューション

ページトップへ